人生の記憶に残る楽しみ作り

「これ食べてみたいな」

ある日の午前中のことです。女性利用者が新聞折込のチラシを見つめられていました。何を見ておられるのか気になりふと目を凝らすと、ハンバーガー店の広告です。新発売の大きな文字、そして自然と指でさわっておられました。

利用者「食べたことないから一度食べてみたいなぁ。」

職員 「どれを?」

利用者「どれがいいかな?これにしようか?」

職員 「それじゃあ、今度デイサービスに来られた時、お昼に一緒に食べに行こう!」

利用者「今、お金持ってない。どうしよう?」

職員 「娘様にきちんと伝えてお金貰おう」

利用者「もらえるかな?結構高いから、こっちの安いほうにしておこうか?」

 

大正生まれ98歳の女性。普段は物静かでちょっと弱気、時より「何時に家に帰れるの?」「娘が家にいるかしら?」等と不安気な表情を見せる女性です。

今は「どれにしようか?」「これにしようか?」「いや、やっぱりこっち!」と、いつもより目を大きく見開きハンバーガーに夢中です。

 

夕方、ご自宅までのお送りの際、娘様に事の経緯をお話すると

「えーっ!そうなのですか。おばあちゃんが食べたいって?」と大変驚かれていました。

 

ハンバーガーを食べに行くのは1週間後。週2回目のご利用時に取っておいた広告をお見せしました。

利用者「わぁ、これ美味しそう。食べに行こうか」

職員 「どれが食べたい?」

利用者「これもいいし、こっちもいいし。あれ?食べに行くのでしょ?今日行くの?」

先日の話の内容を、断片的ですが覚えておられた様子。

利用者「これにしようか。これがいいね」

指さし選んだハンバーガーも先日と同じものでした。

 

ハンバーガーを食べに行く日までの間、ご自宅でも孫様に話されていたようです。

「家の中でもずっとハンバーガーがどうのこうのと話していたのです。どうしたのかと思っていたのですが、デイサービスでそんな話になっていたのですね。おばあちゃんが言い出した事で外食することになって、ビックリです。ずっと話していたので、楽しみなのだと思います」と。

ハンバーガーを食べに行く当日、来所時に広告をお見せし食べに行く日だと伝えると

利用者「わぁ、食べに行くの?歩いていけるだろうか?お金あるの?何時に行くの?」

質問ばかりが繰り返されますが、いつもよりも大きく開いた目はワクワクしている事を伝えています。そして、時間となり今から行くことを伝えると「行ってきます!」といつもよりも大きな声と笑顔で周りの利用者に挨拶されていました。

 

高齢になると一人で出掛けることが難しくなります。しかし、一緒に行ける人がいればいろいろな手段を利用しつつ実現できるのではないでしょうか。明るくにぎやかな店内で若者に交じりながら、食べてみたかったハンバーガーをやっと食べることができました。コーラの炭酸にびっくりしつつ、両手で持って大きな口を開けてかぶりつく。98歳の利用者の初体験が長く生きて来られた人生の中の記憶に少しでも残ればいいな、と思いました。

 

利用者が「〇〇したい」と言われることを可能な限り行うようにしています。

「楽しみがあるから頑張れる」

それは老若男女問わず、だれもが時折思ったり口に出したりしている事ではないでしょうか。自宅での役割も減り友人と会う機会もなくなった高齢者にとっては、一つの楽しみが毎日の生活の質を向上させます。

「できない」と思ってしまう前に、「やってみたい」と言ってみてください。「年老いた」と感じるようになってからもう一つ、あと一つ、と記憶が多く残るように、一緒に「楽しかった」「うれしかった」などの記憶をたくさん増やすお手伝いをさせていただきたいのです。

2022.8.18